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七月の空と山形
2019-07-27
 護國神社の空は広い。そんな事を感じるのは、梅雨も開けよう雲間に見える青空の一層青いこの時期だからからかも知れません。馬見ヶ崎の川沿いにある薬師町のこの場所の景色は、月山・蔵王の山々をそれぞれ遠くに臨み盆地の中に在りながらも妙に開けた印象があります。そんな山形縣護國神社の境内は、神社に付き物の大樹が少ない(正確には少なくなってしまった)代わり、空の広さが在る様です。とは言え、この境内にはかつてもっと樹木が生い茂っていたそうで、実際裏手や公園側の斜面には大きな切株が幾つも残っています。
 
 山形において神職はかつて「ほーえんさま」と呼ばれていました。この発音は山形訛りで、漢字で書くと「法印様」というのが正しい表記です。神職を指す言葉(方言)としては全国でも珍しい呼び方ですが、法印とはそもそも僧位の一つで山形においては修験、里山伏の尊称であり、近年はこの呼び方をなさるのはご年配の方しか居られなくなりました。僧侶に与えられる位ですから、神職を称する上で相応しくない、という意見も兼ねてよりあったものです。
 しかしながら山形…もとい出羽の国は、平安の昔より山伏が神仏を奉じてきた地であり、近世まで特に神仏習合の進んだ場所でありました。明治維新と神仏分離、廃仏毀釈の話しはいずれまたの機会にと思いますが、現在の神社神道という文化に至る上で明治維新の激動の時代を省みたとき、過渡期の先人の苦労が様々なところに遺されています。
その一つが「法印様」という呼び方であるように思います。東北のこの地で幕末・明治の時代を自分達の文化と共に乗り越えたのが矢張り地元の人間であったという点は、言葉に遺された記憶として感慨深いものがありますが、今日廃れつつあるのは役目を終えたと云うことでもあるのでしょう。
 
 時代とともに境内の姿や、信仰の形はより良い在り方を模索して変わります。しかし人間の祈りという行為の本質は変わらないように思います。当護國神社もまた次の時代を迎える姿に少しずつ変化することでしょうが、神様と人との関わりはこれから先もずっと続きますことを、夏の青い空に想います。 (千)
<<山形縣護國神社>> 〒990-0053 山形県山形市薬師町2丁目8-75 TEL:023-631-5086 FAX:023-624-8466